平成28年7月号
遺留分と相続税
◆遺留分の減殺請求はどのように行う?
遺留分を侵害されている相続人(遺留分権利者)は相続の開始、贈与、遺贈があったことを知ったときから1年以内に受遺者、受贈者に対し遺留分の減殺請求をすることができます。1年以内に行使しない場合、又は相続開始の時から10年を経過した場合には、遺留分請求権は消滅します。特に定められた請求方法はなく、口頭であっても相手方に伝えれば遺留分の減殺請求を行ったことになります。しかし、実務上はその後の争いに備えて配達証明付の内容証明郵便などによって行うのが安全です。
◆遺留分減殺請求後の交渉
遺留分の減殺請求がなされた場合には、受遺者等と遺留分権利者との間で話し合い、まとまれば合意書や和解書を作成します。しかし、財産が金融資産のみであれば、単純に受遺者等が遺留分相当額を金銭で返還すれば済むのですが、不動産や株式などの財産が減殺請求の対象となる場合には、どの財産を返還するのか、財産の価額をいくらにするのか、などといった点で争いになることが多くあります。このような場合には、家庭裁判所に調停を申し立てて、調停委員などの第三者を介した解決を試み、それでもまとまらない場合には訴訟を提起することになります。
◆相続税の手続き
(1)相続税の申告期限前の遺留分の減殺請求
相続税の申告書は、相続開始があったことを知った日の翌日から10か月以内に提出しなければなりません。たとえ10か月以内に遺産分割協議が成立していない場合であっても、とりあえず法定相続分等に従って計算した申告書を提出し相続税を納める必要があります。では、遺留分の減殺請求があった場合はどうなるのでしょうか。
相続人が長男Aと次男Bの2人でのケースで、被相続人が「長男Aに遺産の全部を相続させる」旨の遺言を残していたため、次男Bが長男Aに対して遺留分(遺産の4分の1)の減殺請求をしたとします。相続税の申告期限までに話し合いが成立し、次男Bが返還を受ける額が確定した場合には、その確定した内容に基づいた相続税の申告書を提出し、長男A、次男Bそれぞれが相続税を納付します。
しかし、遺留分の減殺請求がなされたものの、申告期限までに話し合いがまとまらなかった場合には、それぞれどのような申告書を提出すればよいのでしょうか。
相続税法基本通達11の2―4では「相続税の申告書を提出する時又は課税価格及び相続税額を更正し、若しくは決定する時において、遺留分による減殺の請求に基づき返還すべき又は弁償すべき額が未確定の場合には、その事由がないものとした場合における各相続人の相続分を基礎として課税価格を計算することに取り扱うものとする。」と規定されています。つまり、たとえ遺留分減殺請求がなされたとしても、相続税の申告時に返還、弁償すべき額が確定していない場合には,長男Aが全遺産を相続したものとして相続税を計算し、申告納税すれば良いことになります。
(2)相続税の申告はやり直さなくて良い?
その後、長男A、次男B間で話し合いが進み、返還、弁償すべき額が確定すると、長男Aが取得する遺産は減少します。長男Aは、その確定した日から4か月以内に相続税の更正の請求を行うことで、納めすぎた相続税の還付を受けることができます。それとは逆に、次男Bは新たに遺産を取得するため、相続税の期限後申告書を提出して相続税を納めることになります。仮に、次男Bが申告書を提出しなければ、税務署長が相続税の決定を行うため、やはり次男Bは相続税を納めなければなりません。
では、長男Aが更正の請求を行わなかった場合はどうなるでしょうか。遺留分の減殺請求に基づく更正の請求や期限後申告、修正申告の手続きは「することができる」と規定されており義務ではありません。したがって、税務署側も長男Aが相続税の更正の請求をしないのであれば、次男Bの相続税を決定して納めさせることもしないのです。規定上このような取り扱いのため、実務上も話し合いの中で相続税相当額の調整をしてしまい、お互いに税金の修正手続きを行わないような合意に至ることもよくあります。
◆遺留分減殺請求を利用した相続税回避は可能か?
実はこの規定を利用すると、相続税の回避が可能となってしまいます。相続人が配偶者と長男Aの2人でのケースで、被相続人が「配偶者に遺産の全部を相続させる」旨の遺言を残していた場合です。配偶者は取得した遺産が1億6,000万円までであれば、「配偶者の税額軽減」の規定により相続税が課税されませんので、この遺言に基づき相続税の申告を行っても相続税はゼロとなります。その後長男Aが遺留分の減殺請求を行って、遺産の4分の1の返還を受けます。配偶者は、取得する遺産は減りますが、もともと税額がゼロですから更正の請求をする意味がありません。配偶者が更正の請求をしなければ、長男Aも相続税の申告をする必要がありません。結果的に長男Aは無税で遺産を取得することができてしまうのです。この方法についての課税当局の見解や納税者との争いなどはまだ表面化していませんが、法律の穴を突いた租税回避行為とみなされ、税務署側がどのように動くかは分かりません。節税対策として行うには少しリスクが大きいかもしれませんね。